kishin 貴真

20190426

  /  PHOTOGRAPH

Ai Nikkor 50mm F1.8の無限遠調整

Nikon Df:Micro-NIKKOR Auto 55mm F3.5:ISO400 f3.5 1/80

Nikon Nikomat FT3というフィルムカメラにAi Nikkor 50mm F1.8が搭載された状態のジャンク品を入手した。ニッコールの状態は酷く、絞り関係だけは問題無いものの、外装とレンズにはカビとクモリが元気一杯に育っており、フォーカスリングは劣化したグリスが内部で完全に固着して全く動かない状態。カニ爪も切断してあった。

とりあえず、レンズは置いておき、Nikomat FT3の方を観察してみた。

円と直線を基調とした美しいプロダクトデザインである。昨今は何でも流線型にすれば良いと思っているような製品が多すぎてあまりにも退屈だ。こうした円や直線のジオメトリカルな美しさを前面に押し出し再認識させてくれるような製品ももっと多く出てきてよいはずである。もっとも、こうした基本形状をベースとするデザインの場合、シンプルで力強い分、誤魔化しが効かないためプロダクトデザイナーのセンスや力量がはっきりと表れてしまうのも確かである。そういう意味でも、流線型が主流になっているのは、デザイナーの質が全体的に低下しているという指摘にもつながるだろう。

フィルムカメラは使う予定は全く無いのだが、このFT3はモノとしての雰囲気がとても良いので手元に置いておくことに決め、ひと通りカビや汚れをキレイに拭き取ってから仕舞った。

そして、このセットの入手目的のニッコールの方である。

オールドニッコールの50mm F1.8では、軽く薄いパンケーキ型の〈Ai Nikkor 50mm F1.8S〉というAi-Sタイプのレンズの人気が高いようであるが、私が入手したのは「S」無しのAiタイプ〈Ai Nikkor 50mm F1.8〉で、これはパンケーキ型とは言えないもののそれなりにコンパクトで軽いため標準レンズとしての使い勝手は良さそうだ。

可哀想なことにコレはもう分解する以外にはない状態であったため、とにかく分解しながら各部品を清掃していった。構造的には特に難しいところはなく、物理的な構造を観察しながら分解すれば問題なく各レンズの取り出しや、ヘリコイドユニットまで到達する。ただ、今回初めて経験した “ヘリコイドユニットの完全固着” については、回転させること自体ができないためすぐに分解は不可能で、まずは隙間からたっぷりと無水エタノールを浸透させて放置し、その後、劣化したグリスが溶けてゆるくなってから分解する必要があった。

ヘリコイドユニットをバラす時の注意点としてよく云われることに、組み立て後に『無限遠』が出るように分解前の状態が分かるように何らかの目印=罫書きを記しておく、というものがあるらしいのだが、「まぁ大丈夫だろう」という生来の楽観主義が発動して、何もせずにバラしていった。

絞りユニットは状態良好だったので軽く拭くだけで済み、その他の部品、特に状態の酷いヘリコイドと各レンズについては入念に清掃し新しいヘリコイドグリスの塗布をすることで実用に問題の無いレベルまで復活させることができた。最初に手に取った時には「さすがにコレは無理かなぁ」と感じたのだが、何事もやってみるものである。

埃の混入に気を配りながら、逆順で組み直し完了。

絞り環のクリック、フォーカスリングのトルク、レンズの抜けなど、概ね良い状態に仕上がったのだが、テストで撮影してみると遠景の撮影で違和感が生じていた。本来、遠景で焦点が合った位置で止まるはずのフォーカスリングが更に回せてしまう。つまり、無限遠が出ていない状態。正確には無限遠は出ているが、その先まで行けてしまういわゆる “オーバーインフ (over infinity)” の状態になっていることに気がついた。

ヘリコイドユニットを分解する際に罫書きをしなかったためかと一瞬思ったのだが、分解しながら構造を観察した記憶を辿って、ヘリコイドユニットの噛み合わせ位置の問題ではないと直感した。そして原因は、フォーカスリングの固定位置にあることを物理的に考察して結論付けたが、それは正解であった。

上の写真は、レンズの外装を外した状態で正面から撮影したものである。外周にある3本のネジを緩めることで(外す必要は無い)、ヘリコイドとフォーカスリングの連結を解除し、フォーカスリングだけを回転させることが可能となる。

このレンズの構造は、ヘリコイドユニットの全周どこの位置でもフォーカスリングを固定できるようになっている。オーバーインフになっていたのはヘリコイドの繰り出し量が無限遠に合う状態になっている時に、フォーカスリングが∞マークに到達していないことにある。つまり、ヘリコイドの繰り出し量が無限遠に合う状態の時に、フォーカスリングが∞マークの位置となるようにフォーカスリングの固定位置を調整すれば解決するのである。調整が済んだら、緩めた3本のネジをきつく固定すれば完了。

これで、無事に無限遠~最短45cmまで目盛り通りの撮影が可能となった。

カビ/クモリ/劣化グリスの三重苦であったレンズによるメンテナンス後の描写を紹介しておこう。

Nikon Df:Ai NIKKOR 50mm F1.8:ISO100 f1.8 1/4000

Nikon Df:Ai NIKKOR 50mm F1.8:ISO100 f5.6 1/640

Nikon Df:Ai NIKKOR 50mm F1.8:ISO100 f4 1/800

色乗りは不自然にビビッドになることも無く、肉眼での印象に非常に近く好感の持てるものである。ただ、ボケの流れ方には若干の不自然さがあり、ボケにもエッジがあるような感じでやわらかさが弱いのは残念なところである。とは云え、開放F値でもシャープさがあり、葉脈もしっかりと解像してくれるし、細い輪郭線でも色収差は見当たらずかなり素性の良いレンズであると云ってもよいだろう。

Nikon Df:Ai NIKKOR 50mm F1.8:ISO200 f16 1/100

フォーカスリングを無限遠位置にしてf16まで絞り込みパンフォーカスで撮影してみると、遠景から近景まで破綻なくエッジの効いた描写が得られた。オールドレンズは、モノクロームでの撮影とも相性が良く趣のある写真を撮影するには良い選択肢であると云えそうである。

Nikon Df:Ai NIKKOR 50mm F1.8:ISO100 f4 1/320

人気が高く使用者も多い方のAi Nikkor 50mm F1.8Sのバラしレポートや無限遠調整の方法はネット上に散見されたのだが、S無しのAi Nikkor 50mm F1.8の無限遠調整の情報は見つけることができなかったので、もしこのレンズの分解/調整にお困りの方がいれば、参考にしてもらえたら幸いである。

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