財布に入っている様々なカードを見てみるとイイ感じのものがない。
銀行のキャッシュカード、クレジットカード、ショップのポイントカード、交通系のICカード…当然のことではあるのだが、それぞれが企業やサービスの個性を主張しているもので占められている。しかし、それらのグラフィックはどれをとっても“私自身の個性やセンスを反映したもの”ではない。この点が、財布の中がイイ感じにならない理由である。
ふと思いついた。
それならば、表面だけ自分の好みになるように処理してしまえばどうだろうか、と。
タッチで使用するもの以外の大抵のカードは、機器にスライドさせて読み込みをさせるため、磁性体の帯が裏面に配置されている磁気ストライプカードとなっている。なので、裏面の磁性体部分さえ汚さないようにすれば、表面に多少の加工をすることは使用に際して支障をきたすことは無いだろうと判断した。
とはいえ、銀行のカードやクレジットカードで試すのは無謀にも思えたので、もし失敗して使えなくなっても支障の無いスターバックスのカードで試すことに決めた。失敗したら、別のカードに残高を移行したのち、カードは破棄してしまうこともできる。
使っている財布は、黒のラムレザー。
その質感に似合うものをと考えた結果、黒一色で、表面に若干の三次元的パターンがあり、そして艶消しというのがなかなか素敵だろうと決めて、油絵具で取り掛かることにした。
単に黒い油絵具を使ってしまうと艶が出てしまうので、木炭を精製した微細な粉を黒い絵具に混ぜることで、光の反射を拡散させて艶を消す。仕上げにも艶消しワニスを使えば良いだろう。
使うたびに指先の触感を楽しませてくれるパターンとしては、筆跡が層状に残るようにする。その効果を出すため、絵具を乗せた時に延びて潰れて表面が平らにならないように硬めに練る調整も怠らない。
しかし、一番重要なのはおそらく、絵具を乗せる前にプラスチックカードの表面をヤスリで荒らしておくことだろう。油絵具の支持体は多かれ少なかれ油分を吸収してくれるものが好ましい訳だが、プラスチックにはそれはほぼ期待できないため、せめて表面をザラザラにすることで引っかかりをもたせる必要があるだろう。そうしないと、絵具が乾燥した時にバリッと全体的に剥がれてしまう可能性が高い。
そしてもう一つ。機器に通す際に絵具分の厚みが引っかかりになってしまわないように、磁性体がある領域の表側には絵具を厚く塗らないよう配慮する必要もあるだろう。ヤスリで削った分と掛け合わせて±0くらいになるのが好ましい。デジタルノギスでもあれば正確に調整することもできそうだが、無いので感覚で調整する。
そんなシミュレーションを終えて実際に作業に取りかかった結果、想像した通りに上手く処理することができた。それが5ヶ月前のこと。油絵具を中まで乾燥させるためには数ヶ月かかるので、しばらくの間、このカードのことは忘れてじっくりと乾燥させていた。
久しぶりに思い出して状態を見てみると、絵具層が薄いこともあり十分に乾燥していたので、仕上げに艶消しワニスを塗って、これで本当に完成した。闇夜のカラスの様相でイイ感じに仕上がって満足だ。
少々ドキドキしながらスターバックス店舗で使用してみたところ問題無く使うことができた。
「なんか、珍しいカードですね」という反応をされたので、「そりゃそうさ、なんたって世界に一枚しか存在しないほとんど幻のようなカードなんだぜベイベー」と思うことはなかったが、ニコリとするだけで説明はしない。こういうことは説明してしまうと途端につまらなくなるのでヒ・ミ・ツ♡にしておく方が使うたびにワクワクして良いのだ。
納得のいく仕上がりになったので、財布に入っている全カードを同様に処理したい衝動に駆られるのだが、さすがに銀行のキャッシュカード等はATMなどの機器に丸ごと吸い込まれて使うタイプなので厚みや表面処理を変えてしまうことはトラブルを引き起こす原因となりそうで怖い。よって、財布の中に一枚、お気に入りのカードができたというこの成果だけで満足することにした。
何事も、度が過ぎるとロクなことにならないのが世の常でもある。