kishin 貴真

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20220916

/PHOTOGRAPH

トリウムレンズの黄変に紫外線

オールドレンズの中には『酸化トリウム』という放射性物質を光学ガラスに添加することで屈折率を向上させて、従来の光学ガラスよりも優れた描写を得る設計になっているものがあるのだが、このトリウムレンズから発せられる極微弱な放射線の影響によって、レンズそのものが経年劣化として次第に黄褐色へと変色してしまう『ブラウニング現象』というものが知られている。

私が入手したSuper-Takumar 55mm F1.8は、詳しい方の分類によると[Ⅲ期型A]となり、これもトリウムレンズを使用している年代製なので、症状としては軽度ではあるもののほんのりと黄変していることが確認できた。また、SMC Takumar 55mm F1.8については、初期版にはトリウムレンズが使われ、後期版では非トリウム化が実施されたので黄変はしないという情報があるのだが、私のSMC Takumar 55mm F1.8は若干黄色がかっているので初期版なのかもしれない。

この黄変したトリウムレンズに紫外線を照射すると、黄変を改善して透明な状態に戻すことができるという、ちょっと面白そうな実験的改善法がネットで紹介されていたので試してみたくなった。そこで、以前、蛍光塗料のちょっとした研究をした際に入手していた電球型のUVランプがあることを思い出して、まずはそれを使って試してみることにした。

しかし、ひとくちに “紫外線” と云っても波長には幅があるだろうと思って調べてみると、波長の長さによって4種類に分類されており、UV-A(400~315nm)、UV-B(315~280nm)、UV-C(280~200nm)、真空紫外線(200~10nm)となっていた。

私が所有していたUVランプの波長は395~405nmなのでギリギリ紫外線域ではあるのだが、この程度だとあまり効果は期待できないかもしれないという思いの中、とにかく50時間ほど照射してみた。

結果としては、微妙だった。
少しだけ改善したようにも感じられるし、目の錯覚だよと言われれば、そうとも思える印象で、とても満足のいく結果とは云えない。

紫外線を照射することで、ブラウニング現象で黄変したレンズの透明度の改善がなされるメカニズムや明確な根拠は見当たらないものの、いくつかのサイトでは「370nm付近の波長が効果的」であるとの記述を確認したので、波長365nmの紫外線を照射できるUVライトを入手して再度検証してみることにした。

また、どうせ時間をかけるならしっかりと治療したいので、5群あるレンズ構成のうち、酸化トリウムを含んだ5群目のレンズだけを取り出して、レンズの隅々までしっかりと紫外線照射することにした。なお、ブラウニング現象は酸化トリウムを含んだレンズ自身だけではなく近接するレンズにも及ぶことがあるため、隣接している4群目の貼り合わせレンズも一緒に処置することにした。※私のTakumarの場合には、肉眼で見る限りでは隣接レンズは透明だが念のため。

今度ははっきりとした効果が得られた。
17時間くらい経過した段階で既に明確な効果を確認できたのだが、30時間照射すると著しく透明度が増していることが感じられた。Appleの真っ白なMagic Trackpadの上に置いて見るとよく分かる。

やはり、紫外線域ギリギリの400nm前後の波長ではなく、370nm前後の波長が効果的というのは確かなようなので、これからトリウムレンズの黄変の治療をする方は使用するUVライトの紫外線の波長には注意されると良いだろう。また、UVライトの仕様としてもうひとつ重要なのは、連続照射が可能なタイプを選ぶということ。安価で販売されているUVライトの場合、45秒や60秒で自動的に消灯してしまうものがあるため、この点は気をつけて入手する必要がある。

せっかくなので、さらに照射して50時間を超えてみた。
ここまで透明になると、光学ガラスへの酸化トリウム添加による描写性能向上というスペックを純粋なかたちで取り戻したと云ってもよいだろう。

黄変によって暖色に色被りした描写もオールドレンズの醍醐味だという人もいると思うし、そうした楽しみ方は新品レンズでは体験することのできないひとつのあり方だとは思う。しかし私の場合にはオールドレンズが大好きでも描写の劣化は求めていないので光学系はクリアであるに越したことはない。その上で、コーティング技術の時代的な古さから逆光撮影に弱いとか、何十年もメンテナンスを繰り返された結果、レンズ表面についた擦り傷が描写の甘さを生み出しているとか、そういった改善しようのない不可逆な味わいなら大いにウェルカムである。

以下は、紫外線照射によって黄変を改善した後にSuper-Takumar 55mm F1.8で撮影した写真である。

Nikon Df:Asahi Opt. Super-Takumar 55mm F1.8:ISO100 f4 1/1250

Nikon Df:Asahi Opt. Super-Takumar 55mm F1.8 + Kenko AC CLOSE-UP No.4:ISO200 f4 1/640

Nikon Df:Asahi Opt. Super-Takumar 55mm F1.8:ISO100 f1.8 1/4000

Nikon Df:Asahi Opt. Super-Takumar 55mm F1.8:ISO200 f2.8 1/3200

Nikon Df:Asahi Opt. Super-Takumar 55mm F1.8 + Kenko AC CLOSE-UP No.4:ISO100 f2.8 1/2000

Nikon Df:Asahi Opt. Super-Takumar 55mm F1.8 + K&F Concept Black Diffusion 1/4 + Kenko AC CLOSE-UP No.4:ISO200 f4 1/500

Nikon Df:Asahi Opt. Super-Takumar 55mm F1.8 + Kenko AC CLOSE-UP No.4:ISO200 f1.8 1/4000

Nikon Df:Asahi Opt. Super-Takumar 55mm F1.8 + K&F Concept Black Diffusion 1/4 + Kenko AC CLOSE-UP No.4:ISO200 f4 1/1250

今回は、ちょっとした治療でSuper-Takumar 55mm F1.8とSMC Takumar 55mm F1.8双方の光学系の状態を向上させることができ、尚且つ、普段あまり行うことのない科学実験のような工程が愉しかったのでとても満足している。

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