20260424

/ART

蒼い青に眼を奪われる

Voidismシリーズ〈03 MAR 26〉 acrylic on wood

Voidismシリーズ〈03 MAR 26〉の青の部分は、5ヶ月かかってようやく納得できる蒼さに辿り着くことができた。幾層にも重ねられた絵具が相乗効果としてこの蒼い青を見せてくれているため、一見したシンプルさとは裏腹に複雑難解な蒼い青となっていて、いつまででも見ていられる飽くことのない青に仕上がっている。

絵を鑑賞したり描いたりしているとたまに「人間の眼の解像度」について気になって思いを巡らせることがある。この話題になると一般的に語られるのは2次元的な、つまり平面方向の解像度であるのだが、私が気になるのは奥行き方向の解像度である。

最近の4Kや8Kのディスプレイは極めて多数のピクセルで構成されていて高精細な描写が可能だが、一個一個のピクセルに注目してみると、それは単色の表示しかしていない。それに対して、人の眼が世界を見つめるとき、奥行き方向に存在する分子レベルでの色=光の重なりをそれぞれ知覚しているのではないかと思うのである。

例えば、Photoshopでピンクの四角形と青の四角形を持つ2枚のレイヤーを作って、それぞれを透明度50%で部分的に重ねると、重なった部分は紫色っぽく見えるが、これは重なった領域の色だけをコンピュータが演算した結果としてその領域のピクセルを紫色の表示にしているためで、つまりはそこにはもうピンクも青も存在していない薄っぺらい紫色があるだけとなる。

対して、現実世界においては奥行き方向に複数の光を透過する物質があれば、それらが存在したままでそれぞれの環境/特性に合わせて光を反射し、それを眼に届ける。光が眼に届く前に干渉し合うことで光成分に変化がもたらされる場合もあれば、視神経のレベルである程度統合されてから脳で処理されるという状況もあるだろう。その微細な光情報をどれだけ精確に人間の眼や脳が受け取り処理できるのかは専門家ではないので解らないが、現実世界からのみ感じる印象としての “深み” や “奥行き” や “臨場感” といったデジタル数値化しにくい感覚はこのあたりが影響しているのではないかと常々思っている。

こうした印象をディスプレイなどのデジタル機器で忠実に再現しようとすれば、どうしても物理的に複数層を持つ厚みのある構造にせざるを得ないだろうし、その複数層を的確にコントロールして正面から自然に見える様にするには現代のテクノロジーではあまりにも荷が重すぎる話だろうとも感じる。

また、AIがロボットアームとカメラアイを駆使して実際に筆と絵具で絵を描くという試みが話題になったりもする時代ではあるが、そのカメラアイは人間の眼や脳と同じ様に色の深みを感じている訳ではない点で、その両者にはまだまだあまりにも大きな隔たりがあると評価せざるを得ないだろう。

青系だけではない様々な色の絵具を幾層にも重ね続けることで辿り着いた蒼い青は、一見すると平面的だが、その実、5ヶ月の時間を要した豊かな色の重なりが静かに息づいており、つい見入ってしまう。それは単色の絵具を短時間で簡単に塗っただけでは決して得られない、またディスプレイ越しの写真では伝え切ることが困難な、独特の魅力を宿している。

デジタル技術が進化すればするほど、アナログに魅力を感じてしまうのは、白と黒だけではないその中間を形成する “大いなるグレー” が存在し、割り切ったり細分化しきれないこうした不明瞭かつ奥深さのある可能性がどこまでも続いているからだろう。

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