東京では初雪が観測され、西日本各地でも今年一番の冷え込みとなった日、気になっていた温泉郷に行ってみることにした。伊予三湯のひとつで、車なら今治市街地から30分ほどで到着する距離にある《鈍川温泉》である。私の場合のアクセス方法は、今治駅前からバスに乗り、最寄りバス停からは徒歩で行くというかたちになる。
今治駅前からちょっと大きめの松山行特急バスに乗り込み、17分ほどで着く最寄りの「散宿所前」で下車する。ここからはのんびりと歩いて行く。時々通りすぎていく車以外には景色の中に動きを感じないのがストレスフリーで心地いい。
急ぐことはない。途中で脇道に外れてちょっと寄り道をする。
その近辺を通っていると幾つかの看板を目にする《工房織座》を覗いてみることにした。集落の中にぽつんとあるショップの中はクリーンで明るく、深みのある色使いが素敵な織物が展示・販売されていた。ウールのマフラーやショール、帽子などが並ぶ中、もじり織りのモヘア製アンクルウォーマーとタオルハンカチを購入した。
ここ最近、明け方に足首あたりに冷たさを感じて目覚めることがあったので、アンクルウォーマーはちょうど良かった。早速使ってみたらぐっすりと眠ることができた。
工房織座を出て再び鈍川温泉に向かう。歩いても大した距離ではないのであっという間に到着したのは《鈍川せせらぎ交流館》。少し離れたところから見ると、灰色の寒空に立ち上る温泉の湯けむりはなんとも風情があり、これからその湯に浸かれると思うとついニコニコしてしまう。
入浴前にまずは腹ごしらえをする。軽食コーナーで焼豚玉子飯とせんざんきを注文して明るい窓際で味わった。そして入浴。
泉質の印象としては、無色透明だけどちょっとだけとろみがあってとても心地よいものだった。この施設では各種屋内風呂、露天風呂の他に、6人程度入れるドライサウナとキンキンに冷えた水風呂や外気浴のできるウッドデッキもあるのでサウナ好きの方も愉しめるだろう。場所柄か、客の数は多くなく少なくもないという程よい環境でついつい長湯させる。
そこに思わぬ出会いがあった。それは、水風呂と主浴槽の境目に窓から射し込む一条の光である。湯けむりと交わって露わになる揺れる光の線とちょっと薄暗い浴室内の空気のコントラストがあまりにも美しすぎてしばらくの間、惹き込まれた。その光景に異質にポツンと存在するビビッドな黄色のケロリン手桶がまた、昭和的風情を醸していてものすごく写真を撮りたい衝動にかられた。FUJINON 55mm F1.6にブラックディフュージョンを付け、三脚で固定して少し遅めのシャッタースピードで撮りたかった。
無論、浴室内にカメラを持ち込むことはできないので、ただただ記憶に焼き付けた。その後、しばらく経つと陽射しの射し込む角度が変わって、その光景はすっかり消えていた。SNSで “映える” 写真が那由多と垂れ流されていても、その時その場に立ち会わないと決して見られない光景もあるのだということを改めて考えさせられる良いひとときであった。
今年一番の冷え込みなど感じることもなく、帰り道は身体の芯からポッカポカで、その心地よさは家に到着してもなお続いていた。鈍川温泉、今度は宿に泊まってゆっくりと過ごしてみたいと思わせるとても良い温泉郷であった。