kishin 貴真

20161228

  /  DESIGNTHINK

シンプルな名刺に官能性を

貴真 名刺

引越しをして住所が変更になったり、運用しているドメインを整理してメインで使用するメールアドレスを変えたりしたため、名刺も全く違うものに作り替えた。

おもて面には名前とメールアドレス。うら面にはURL。

過去、様々な構成要素/デザインの名刺を作って使用してきたが、今回のものが最もシンプルな構成要素となっている。もう、屋号のロゴも入れず、電話番号や住所も入れない。そうした情報は、メールでコンタクトをとり、必要であればメールで伝えればよいという、かなり割り切った考え方に基づいたものだが、私の場合にはそれで必要充分であることがハッキリとしているので問題は無い。

しかし、単純に構成要素を削ぎ落としてシンプルにするだけではモノとしての強度を保ちにくい。
そこに付与すべき要素は官能性である。

官能性 ─ これがとても重要な要素であるという事実は、モノの本質を見極める能力を養う道程で次第にはっきりしてくることで、この点を、意識的にせよ無意識であるにせよ知覚してつくられたモノとそうでないモノとでは、その存在としての魅力には大きな隔たりが生じる。

無論、ここで扱っている〈官能性〉とは、一般的な文脈で多用されるような、性的・肉感的・欲望・淫猥といった類のそれを意味するものではない。そうではなく、もうひとつの方の意味としてなのだが、これが言葉で説明しようとするとなかなか難しい観念であり、言うなれば、五感に強い印象を与える魅力的な肌理というか、存在の深みを感じさせる複雑さを内包した非物理的な厚みというか、バーチャルではない実存の気配のようなものを指すわけだが、事物に触れて、この官能性が欠落していると感じることが近年、急速に増えているように思われる。

それは、様々な理由が複雑に絡み合ってのことであることは明白だが、やはり、多くのものがデジタルに移行していくことによる弊害としての薄っぺらさが其処彼処に蔓延してきていることが大きな要因であるように思われる。デジタルに依る事物は突き詰めてしまうと0か1に分解されてしまう虚しさから逃れることはできないため、その薄さの中に官能性を持たせることは根本的に不可能ということなのだろう。

『アンチデジタル!アナログに立ち返ろう』ということではない。バランスが重要であり、どちらかに傾倒しすぎることで眼が曇るというのはよくあることで、時代や流行や多数派にただ流されて生きている人の場合には、その傾向がより顕著であり、自身でも気がつかない内に無知覚の沼へと足を踏み入れていることが本当に多いのである。

その点、今回作った名刺はとても気に入っている。

紙は、一見するとただの白い紙だが、触れてみると微細な凹凸が心地よく、光に透かしてみれば、紙の漉きムラが水分を含んだ雪のような柔らかい表情を見せてくれる。その紙の両面に、厳選した情報を厳密な調整のもとにレイアウトし、リッチブラックで印刷。刷り上がったものを印刷業者から受け取れば完了…ではない。

指紋。

自分を端的に紹介する機能という点で名刺にはその人物の様々な情報を盛り込むわけだが、それならば、後天的に手に入れた情報ばかりではなく、先天的に持っている情報を盛り込んでも良いだろう。名刺という紙媒体には指紋がとてもよく似合う。そして、指紋をトレースしてデジタル化したものを印刷するのではなく、一枚々々、指にインクを付けて指紋押捺するという行為には、時間をかけて丁寧に息吹を吹き込むような感覚がありとても愉快だ。何より、結果として紋影が一枚ごとに異なる名刺が出来上がるというのが嬉しい。上手く押せたものだけではなく、インクを付け過ぎたもの、色が薄いもの、ちょっと傾いたもの、形がヘンなもの、気分で指を変えてみたりもして… 同じDNAから発現している同じ指紋だが、紋影は一枚ごとに微妙に異なるため完全に同じ名刺は世界に二枚と存在しない。

まだ作ったばかりなので誰の目にも触れていないこの名刺。
指先から指先へと渡す瞬間が待ち遠しい。

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本年のエントリーはこれが最後となります。

新年 あけましたら おめでたいでしょう

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